mixi記事感想とかあの文章の出版の目が出た、というべきかどうか

/.Jの議論にリンクを飛ばしつつ、mixiの規約改正について思う。数年前だったかのGeocityのことを思い出すなぁ。
 
「日記を書いた当人が(出版その他によって)利益を得るつもりがない」かつ「利益が出ることを指摘された場合でもそれに無関心でいられる」場合、mixiが日記を使って利益を得ても問題はおきそうにない。
前者でも後者でも問題があるなら、mixiに日記を書くべきではない(かつ、書いた日記をすべて外部に移行すべきである)。
 
すると、「mixiに書いた日記について、その著作を今後mixiに使われたくない場合に、それらをmixiから退避する(ログを抽出する)容易な手段」を提供しないmixi事務局は怠慢だ!ということか(ナンダソレハ)。
 
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実際のところ、SSとかを書いている人たちがこれをきっかけにある種のmixi離れが進むのかというとそこまで変わるわけでもないだろうなぁ…というのが感想ですが。

mixi記事感想とかやっぱり純真ではない鉄な俺。

生方一寛/[Web]身近すぎる[mixi.jp]より。
[nc:sm2217184:320:220]
これを聞いて、コメントして、レスを見て「これ、乗り換えしてもダメなんじゃないか?」と思った俺はやっぱり純真な心を持ってない。
 
1)熱海に行く湘南新宿ラインは特別快速だけ!(某週間少年誌風に)
2)湘南新宿ラインの快速電車の大半は平塚行きか国府津行き
3)1および2より、「鴨宮」に停車する湘南新宿ラインに乗ろうとすると、熱海行きの湘南新宿ラインに乗れない!?
 
幸い、前橋発小田原行きの湘南新宿ライン熱海行きの前にあるので(リンクは駅から時刻表)、めでたく疑念は解消、小田原で乗り換えれば「湘南新宿ラインだけで」歌詞の全駅がいけることが判明したのでした。

[おまけ]「現代Ver.特別快速新前橋行き(架空)を車掌DJにやってもらう」が最近好きなヒトリゴトのひとつ。元の歌詞との差分が微妙。
あかばね おおみや あげお おけがわ きたもと こうのす くまがや かごはら ふかや おかべ ほんじょう じんぼはら しんまち くらがの たかさき タカサキトンヤマチ いの しゅうてん しんまえばしのじゅんに ていしゃいたします。

mixi記事感想とか2月の指定読書感想文(その2)

地獄の魔犬(45)[mixi.jp]感想文。3/3あたりに書き足し。
というか、そうすると感想書くために二度読みするから、もっと深い感想が書けるんじゃないかと愚考したわけですが。
 

『愚考した割にはよい感想が書けない。ご主人様は(ry』
伏線の回収っていうか、過去にあったことをつぶさに見直して理屈付けするのって、自分にはせいぜいできてゆで理論とかその程度の後付しかできないというか、後から「えっ」と思ってバックナンバーを見直させるような設定のつけかたってすごいなぁと思うわけですよ。
ところで会話が『』であって「」と区別してあるのはやっぱり何かの伏線なんだろうか。ボングラ君には聞こえてるようだが。

mixi記事感想とかまだだ! まだおわらんよ!

「カテゴリ:TRPG>>アルシャードガイア」と迷ったが、元記事がある以上mixi感想だろうなぁ。
mixi感想はタグにすべきだったのだろうか。
tatuya氏が通常の3倍の長さのロストレクイエムを終わらせたそうで(記事1記事2)[mixi.jp]。
3倍に膨らむなんてどこのベーキングパウダーやねん!と思いつつざっと15話を見ると、概ね長くできる理由がわかった。
あれだ。下敷きを知らない人間が多すぎるんだ(これはよい事でも悪いことでもある)。
以下推測。

下敷きになっているのは概ねFateの世界で、まぁ我々もそれは多少なりとも意識した上でやってる面はありましたが、GMをはじめ過半の人間はストーリラインがどうとか、キャラクター性がどうだか特に深く知っているわけではないわけで。
そこんところいくとtatuya氏のキャンペーンはおそらく「GMがよく知ってる(これ重要)」、「PLも知ってる、ノリについていける」から、登場キャラそれぞれを膨らませてキャンペーンの1話が作れるんだろうなぁ…と思った。それは真性工房の面子ではできない作業だからなぁ…たぶん。
だいたい15話キャンペーンってやったトキねぇよ!。ゲヘナキャンペーンは途中参加だから14話しかPLやってねぇよ!(それとは別につなぎ登板でGMを3回やってるが)どんだけ長いんだよ!
…一応「強くてニューゲーム」構想があるにはあるんだから、こっちも最長11話になる目はあるんだが…はてさて。

mixi記事感想とか志村・バレンタイン・淳二

炭は焼いて作るが、油煙を膠で固めた墨を「焦げた匂いしかしない」調理で作るマリーに乾杯!なあなたのウァレンティヌスより /生方一寛[mixi.jp]感想文。

外伝っぽく見えてやっぱり外伝なんだけど、脈絡無く世界観に聖バレンタインを入れて話を成立させるってのはある種手腕だよなぁと思う。しかも話として全員に思惑ある行動をさせるとか、最近作ってるゲヘナのセッションとか見てると難しいはずなのになぁと首をかしげたり。
ただマリーはせめてもう少し調べてから料理に当たっていただきたい。
あと、マリーなら首輪だろうjk…オチもつくし(いやオチの方向性がイマイチか?)と思った俺は地獄行く。

mixi記事感想とか軽重悲喜こもごも

※概ね帰宅時間に合わせて書き込み時間を修正。
ご夫婦揃ってmixiやってて明るい生活が垣間見えるというのはいいなぁと思ってたんですが、他方、某王女殿下がものすごく逆ベクトルな書き込みをみてものすごい気分が沈みました。
 
幸せであってほしいと願う人が悲しい思いをするのはつらいものです。
  
ホント、明るい人・笑顔がトレードマークな人という印象しかない人が悲しんでるところを想像するのがこれほど難しいこととは!
と思わずにはいられなかった。

mixi記事感想とか2月の指定読書感想文(多分その1)

さくっと地獄の魔犬(44)/生方一寛[mixi.jp]の感想文。長くないよ!
でも続き以降に隠すよ!

ネタ、濃くねぇか?積尸気冥界波とか…
いやまぁラノベにはありがちな濃さだといえばそれまでだが、やはりボングラ君は何年浪人と留年を繰り返したのか小一時間問い詰めたい。
しかしなんというか天海使った展開はいいよなぁ。寺の息子とか変態とかそれぞれの要素単一ならわかるし作れるかしれんけど、複雑にかみ合ったハーモニーで話を進めるとかすげぇ!

mixi記事感想とか★1月の指定読書(?)感想文

地獄の魔犬(43)/生方一寛[mixi.jp]の読書感想文

天海はすげぇいい味を出してる!
のはいいんだけど、展開があっさりしすぎな気もしないではない。なんつーのかな。お前クライマックスなんだから回想シーンの1個や2個入れるべきだろうjk…とか言いたいような。
おそらく、書いてる方は早くマリーを出したいという意識が働いたんじゃないかなぁとか勘ぐってみたり。
まぁ長々と書くとそれはそれでgdgd感満載な文章になる気がするんだけどなぁ…なんか読み応えが足りないのですよなぁ。
以上、面白い流れなのでもう0.5話ぐらい分量がほしいな、という感想でした。

mixi記事感想とか言うは易し行なうは難し

なんて言葉が浮かんだ[TRPGのスキル]PLとしての火塚たつや[mixi.jp/tatuya氏日記]の感想。
ところで↑の記事、タグと内容がかみ合ってない気がするのはあれかね。考えすぎ?

前半丸々使って氏のやっている「所謂FEARゲー」の勘所であるスリーアクトストラクチャーの部分についてはまぁFEARが映画手法を取り入れた構造をやっていることの説明なんでまぁ別に何も言うことがないなぁ。
あえて言うなら、所謂FEARゲーについてと前置きしたんなら、いっそのこと説明にPC番号を使ってもいいと思うんだよなぁとか思ったりしたところかな?個人的にはそういうの嫌いなんでいいんだけど。
 
導入ではPC1に(ハンドアウトであらかじめ提示してある)問題が提示される。PC1はその問題に立ち向かうことが要求され、その行動が展開として描かれる。そして、その展開に対して直接・間接さまざまな形で絡むことを明示・暗示してあるハンドアウトを持つほかのPCとの関係により、ロールプレイが行われ、物語が構成される。
 
…あんま変わらないか。
 
 後半部分については、いくつか懸念があったりする。
具体的にはすり合わせについての言及がなされていないこと、レベル…というとあれなんだけど、端的に言えば「氏が意識しているような考え方でTRPGをやっていない/やってるが意識していない」RL/GMやPLに対しては、PCをたきつける行為が過干渉で不快に思ってしまったり、あるいは思惑がすれ違ったまま進んでしまって(致命的にならないまでも)問題が発生したりしないのかとか。
 たとえば伏線のバラ撒きはRL/GMの対処/放置の選択氏を無為に広げてしまう可能性をはらむだろうし、大体伏線なんてたくさん撒けば撒くほどそれぞれの印象が薄くなったり、忘れ去られやすくなったりうする気が個人的にはするわけですよ。
井上先生曰く「語られない設定は無いと同じ」という金言はありますが、だからって使わない(忘れ去られ、無視される)可能性を前提に伏線を撒くのは個人的にどうかと。
 
 あとは個人的に面白いと思ったのは、なんていうのかな、「ポストポストアクトのためにアクトをやっている」ようなことを意識している点。「リプレイにして面白い」とか、「観客が見て面白い」っていうのは、終わったあとの歓談で楽しむとか、ぜんぜん別の機会で参加者が「こういうアクトがあって云々」とか話すときのことを考えてて、セッション内にとどまらないところまで考えが及んでいるんだなぁと。
ところで文章全体を見ると「自分はサポートに徹している」という主張が見え隠れしているんだけど、寡聞にして「tatuyaさんがサポートが巧い」という話は聞きませんね。なぜなんでしょう。